春の晴れた日のスーパーカブの青の具合がとてもいい。

最近は25℃だったり15℃だったりするので、いつも薄いダウンとしっかりしたジャンバーを持ち歩いている。

思わぬ寒さにさらされて風邪をひきたくない。

 

今日は薄いダウンもしっかりしたジャンバーもスーパーカブの箱に入れっぱなしだった。

 

昼に見たら、大阪、気温、24℃。

天気が良い。

 

午前中、太陽の光とか、空気の感じなどの加減でスーパーカブの青の具合がとてもいいと思えてうれしかった。

 

深い青とか紺色、メタリックなディープブルーとかいう感じ。深い青の中に、細かいラメがキラキラ光っている感じで、とてもいい感じだと思った。

 

今まで、好きな色は?と聞かれても自信をもって答えることが出来ない人生だったけど、今度聞かれることがあったら、その辺りを答えるかもしれない。

 

けど、一生その色だけでいいかと言われると、やっぱり、ちょっと待ってくれ、みたいな気持ちになる。

 

明るい色への憧れみたいなものはあるが、そればかりだと疲れた時にやっぱりちょっと明度彩度を落として欲しくなると思うので、思いきれない。確かに、そういうような人生だったなと思う。

桜ノ宮の辺りはお花見の人たちがたくさんいて走れないくらいだった。

日曜日。晴れ。

9:00頃起床。

いつもの朝食。

①丼にオートミール6/10カップ、水適当量、白菜の自作漬物適当量、木綿豆腐(340g)の5/8を電子レンジで4分。後、玉子1つ、納豆1パック(50g)を追加し、電子レンジで1分。

②即席みそ汁(しじみ)

③ほうじ茶

 

まだInstagramに投稿していない読んだ本のメモが溜まっていたのでその作業をやっていたら昼過ぎ。インスタントコーヒー2杯。

・無敵の思考/ひろゆき

・ふしぎの国のバード 4巻まで/佐々大河

・セトウツミ 全8巻/此元和津也

・文字禍/中島敦

 

いつもの昼食。

フライパンに植物油適量→赤唐辛子適量→キャベツ適量→もやし適量→削り粉、干しエビ、天かす適量→お好みソース適量、適度に炒める。後、水で戻していたソイミンチ3/5カップをフライパンに投入、適度に炒める。カレー粉適量。玉子2個投入。玉子に火が通ったら平皿に移す。お好み焼きソース、マヨネーズ、かつお節、紅ショウガを適量。

 

インターネットをみたり、本を読んだりした。

 

15:30からジョギング。桜ノ宮の野球場まで。自作ワラーチでのジョギングは91回目。桜ノ宮の辺りはお花見の人たちがたくさんいて走れないくらいだった。桜は金曜日くらいから散り始めているみたいだったが、まだお花見に十分残っていた。

 

今日もまた7kmくらいで左足底筋膜をつった。直近では14回走って8回つっている。だいたい毎回同じくらいの距離でつっている。最近は1、2分間座って足底にストレッチをかけたり、下腿を指圧したり、足首を回したりすると解消し、そこからまたなんとか走って帰ってこれている。

 

帰宅後、洗濯機を回してシャワーを浴びて洗濯物を干した。ブラック缶コーヒー1本。

 

インターネットをしたり、本を読んだりした。

 

20:00頃、夕食。いつものメニュー。

フライパンに植物油適量→赤唐辛子適量→玉ねぎ適量→キャベツ適量→もやし適量→キムチ適量→オイスターソース適量、適度に炒める。後、みりん適量。水で戻していたソイミンチ3/5カップをフライパンに投入、適度に炒める。カレー粉適量。玉子2個投入。玉子に火が通ったら平皿に移す。マヨネーズ、ハバネロソースを適量。

グレープフルーツチューハイ500ml。

 

インターネットをしたり、本を読んだりして、就寝。

 

 

急に暖かくなったと思っている。

先日から急に暖かくなったと思っている。他の人達(主に日々顔を合わせるお年寄りの方々や、壮年の方々)もそう言っていた。

昨日も今日も昼間には20℃を超えたと聞いた。日曜日も、前の日曜日も20℃を超えたと聞いた。前の日曜日は淀川の河川敷で淀川寛平マラソンが開催されていた。

 

たしかに今日は、昨日までの衣服の重ね着と同じ状態で外に出たら暑かった。(自分は基本的に毎日同じ格好をしている。)

今、Tシャツ一枚でいる。先月までには考えられないことだ。

 

季節が巡ったというやつだ。春になった。冬を超えた。冬の思い出があるか。

お金に関しての本を読んだ。

最近、お金に関しての本を読んだりして、お金について考えたり投資とかなんとかしてる人たちが結構いるらしいことを知った。

 

自分が育った環境では、お金の話をしている大人はあまりいなかったような気がする。時々いたかもしれないけど、その時は周りの大人が、子供は聞かなくていいみたいな空気にしていたか。

お金を増やす為みたいな言動は品の良いことではないみたいな空気だったのか。 

みんなあんまりお金を持っていなかったと思うけど。(だからか、ゆえにか、)

 

うちの両親が自分にお金について教えたのは、もらったお金は計画的に使えとか、周りが出すときは自分も出せとか、それくらいだった気がする。

たぶん二人とも今日までお金のことをあんまり考えたことがない。

二人とも、お金は親か兄弟か親族かにもらったとか、どこかに勤めて会社からもらったとかだけだと思う。

そのお金を銀行に預けたり、住宅ローンを組んだり、生命保険に入ったりして、計画的に使ってきたのだと思う。

その辺りのお金の話もいまだに聞いたことがないのでくわしくは知らない。

家のローンの話も一回も聞いたことがない。聞いても言わない。

何年か前に実家に泥棒が入った時も、なにをとられたか聞いても言わなかった。

なんとかさんは株を持ってるとか、あの人は株で儲かったみたいな事を言ってるのは聞いたことがある気がするけど、たぶん二人とも株がなんなのかくわしくは知らない。

どこで買うかも知らないと思う。

 

インターネットもなかったし、お金にせよなんにせよ、そういう知識を共有する集団に接する機会がないと、まったく情報も入ってこなかったのか。地方だし。

 

それを考えると、インターネットはすごい。

なかなか文章を書く習慣は復活しない。

なかなか文章を書く習慣は復活しない。

 

最初に書いてみたのが、

 

 

で、2017-02-05、ということらしい。3ヵ月経っている。

 

その後、1回しか書いていない。

 

なんとなく去年あたりから、そういえば自分が何を考えているのか全然わかっていないような気がして、それはもしかしたら文章を書かなくなったから、自分の考えを書いて目で見ていないからではないかと思ったりしたので、また文章を書いてみようかと思っていたけど、はじめずにいた。

 

と書いてあって、「考える⇒言語化する」と思って、それはそうかもしれないと思っている。

 

つまり、ここ10年くらいの自分は、文章を書く習慣が無くなって、生活のほとんどの行動を意識の上で言語化せずにやってきた。適当には考えたりもしたかもしれないが、ほとんど考えていなかったか、覚えていない。

 

言語化せずとも生活の行動の巧さは向上していくと思うが、どこかのタイミングで問題があった時、自分のこれまでの行動を理屈で説明できないことばかりになってしまうかもしれない。そうすると困るのではないか。

 

という感じで、最近、そうなっているような気がして、困っているような気がしている。

誰かに教えてもらいたかったような気がすること。

今まで誰かに教えてもらわなかったけど、最近気がついて、それを教えてもらったら結構参考になるのではないかと思うことがあって、それは20才くらいの時に誰かに教えてもらいたかったと思っている。成人になる前くらいに学校で教えたら良いんじゃないかと思う。

 

教えて欲しかったのは、だいたいこのくらいの生活レベルで何歳まで生きるには○○万円くらいは必要だというだいたいの指標。

 

例えば、国が健康で文化的な最低限度の生活を保障するという生活保護では、1人暮らしの場合、月に12万円くらいもらえるらしい。

なので、日本で最低限度の生活ができると言わているレベルで1人で生きていくとすると、

12万円×12ヵ月、1年間で144万円必要ということ。

10年間で1440万円必要。

20才から70才まで50年間で7200万円必要。

それ以降も続けて生きるなら10年ごとに1440万円必要になってくる。

 

70才までに7200万円とか、10年で1440万円とか聞いたら急に現実感がわく(現実だけど)。

 

20才の頃、これから70才までずっと生活保護のレベルで1人で生きていくとしても7200万円分くらいはなんらかの方法でゲットしなければならないですよ、みたいな。

7200万円を20才から60才までの40年で稼ぐとしたら年間180万円ですよ、みたいな。

(ちなみに生活保護だと健康保険も医療費も住民税も所得税も年金も免除らしいので、上記の金額はいわゆる可処分所得(税金や保険や年金など+医療費を全部引いた後、残ったお金、自由に使えるお金)なのでそこは注意が必要。)

 

生活保護をもらってもいいと思うけど、出来ることならもらわずやっていきたい思い。

 

 もしかしたら普通はみんなどこかで誰かに習ったり、一人立ちする頃に自分で気がついたりするものなのかもしれないけど、自分は最近アラフォーにしてやっと気がつきました、という話。

文章を書く習慣がなくなっているから自分が何を考えているのか全然わかっていないような気がした。

ここのところ、文章を書いていない。

 

ツイッターをやっているので時々には一言二言つぶやいたりしているが、それも自分の言葉なのか何なのかわからないような、ほんとのつぶやきみたいなものか、走ったとか風邪ひいたとか、この本読んだとか映画見たとかのメモ。見返したことがない。

 

1997年にはじめてインターネットにふれて、学校の課題で作ったホームページに日記を書きはじめた。ブログはまだなかったのでテキストファイルにHTMLを上書き保存してはアップロードしていた。文字化けしたりした。

学校を卒業した後、バックパックを背負ってけっこう長い期間旅行をすることになって、バックパッカーとか呼ばれたりするような生活を送った。旅行を始めた頃はまだインターネット環境がそんなになかったので、ノートにペンで日記を書いていた。そのうち旅行先の各地でもネットカフェとか宿とかにネットを安く利用できるところが増えてきたので、またホームページに書いたりミクシーに書いたりした。そして10年前、日本に帰ってきて日記を書かなくなった。

 

なんとなく去年あたりから、そういえば自分が何を考えているのか全然わかっていないような気がして、それはもしかしたら文章を書かなくなったから、自分の考えを書いて目で見ていないからではないかと思ったりしたので、また文章を書いてみようかと思っていたけど、始めずにいた。だけどさっき、なにかの拍子に、とんとん拍子にここまで来たという感じ。

 

さっき気がついたけど、最初に日記を書き始めて10年くらいは日記のようなものを書き続けていたようで、その後の10年は何も書かずに過ぎたようだ。

 

気負わずに文章を書く場所になればよいと思う。