お金に関しての本を読んだ。

最近、お金に関しての本を読んで、お金について考えたり投資とかなんとかしてる人たちが結構いるらしいことを知る。

 

自分が育った環境では、お金の話をしている大人はあまりいなかったような気がする。時々いたけど、その時は周りの大人が、子供は聞かなくていいみたいな空気にしていたか。

お金を増やす為みたいな言動は品の良いことではないみたいな空気だったのか。 

みんなあんまりお金を持っていなかったと思うけど。(だからか、ゆえにか、)

 

うちの両親が自分にお金について教えたのは、もらったお金は計画的に使えとか、周りが出すときは自分も出せとか、それくらいだった気がする。

たぶん二人とも今日までお金のことをあんまり考えたことがない。

二人とも、お金は親か兄弟か親族かにもらったとか、どこかに勤めて会社からもらったとかだけだと思う。

そのお金を銀行に預けたり、生命保険に入ったりして、計画的に使ってきたのだと思う。

その辺りのお金の話もいまだに聞いたことがないのでくわしくは知らない。

家のローンみたいな話も一回も聞いたことがない。聞いても言わない。

実家に泥棒が入った時も、なにをとられたか聞いても言わなかった。

なんとかさんは株を持ってるとか、あの人は株で儲かったみたいな事を言ってるのは聞いたことがある気がするけど、たぶん二人とも株がなんなのかくわしくは知らない。

どこで買うかも知らないと思う。

 

インターネットもなかったし、お金にせよなんにせよ、そういう知識を共有する集団に接する機会がないと、まったく情報も入ってこなかったのか。地方だし。

 

それを考えると、インターネットはすごい。

なかなか文章を書く習慣は復活しない。

なかなか文章を書く習慣は復活しない。

 

最初に書いてみたのが、

 

 

で、2017-02-05、ということらしい。3ヵ月経っている。

 

その後、1回しか書いていない。

 

なんとなく去年あたりから、そういえば自分が何を考えているのか全然わかっていないような気がして、それはもしかしたら文章を書かなくなったから、自分の考えを書いて目で見ていないからではないかと思ったりしたので、また文章を書いてみようかと思っていたけど、はじめずにいた。

 

と書いてあって、その後「考える⇒言語化する」と思って、それはそうかもしれないと思っている。

 

つまり、ここ10年くらいの自分は、文章を書く習慣が無くなって、生活のほとんどの行動を意識の上で言語化せずにやってきた。適当には考えたりもしたかもしれないが、ほとんど考えていなかったか、覚えていない。

 

言語化せずとも生活の行動の巧さは向上していくと思うが、どこかのタイミングで問題があった時、自分のこれまでの行動を理屈で説明できないことばかりになってしまうかもしれない。そうすると困るのではないか。

 

という感じで、最近、そうなっているような気がして、困っているような気がしている。

誰かに教えてもらいたかったような気がすること。

今まで誰かに教えてもらわなかったけど、最近気がついて、それを教えてもらったら結構参考になるのではないかと思うことがあって、それは20才くらいの時に誰かに教えてもらいたかったと思っている。成人になる前くらいに学校で教えたら良いんじゃないかと思う。

 

教えて欲しかったのは、だいたいこのくらいの生活レベルで何歳まで生きるには○○万円くらいは必要だというだいたいの指標。

 

例えば、国が健康で文化的な最低限度の生活を保障するという生活保護では、1人暮らしの場合、月に12万円くらいもらえるらしい。

なので、日本で最低限度の生活ができると言わているレベルで1人で生きていくとすると、

12万円×12ヵ月、1年間で144万円必要ということ。

10年間で1440万円必要。

20才から70才まで50年間で7200万円必要。

それ以降も10年ごとに1440万円必要になってくる。

 

70才までに7200万円とか、10年で1440万円とか聞いたら急に現実感がわく(というか現実だけど)。

 

20才の頃、これから70才までずっと生活保護のレベルで1人で生きていくとしても7200万円分くらいはなんらかの方法でゲットしなければならないですよ、みたいな。

7200万円を20才から60才までの40年で稼ぐとしたら年間180万円ですよ、みたいな。

(ちなみに生活保護だと健康保険も医療費も住民税も所得税も年金も免除らしいので、上記の金額はいわゆる可処分所得(税金や保険や年金など+医療費を全部引いた後、残ったお金、自由に使えるお金)なのでそこは注意が必要。)

 

生活保護をもらってもいいと思うけど、出来ることならもらわずやっていきたい。

 

 もしかしたら普通はみんなどこかで誰かに習ったり、一人立ちする頃に自分で気がついたりするものなのかもしれないけど、自分は最近アラフォーにしてやっと気がつきました、という話。

文章を書く習慣がなくなっているから自分が何を考えているのか全然わかっていないような気がした。

ここのところ、文章を書いていない。

 

ツイッターをやっているので時々には一言二言つぶやいたりしているが、それも自分の言葉なのか何なのかわからないような、ほんとのつぶやきみたいなものか、走ったとか風邪ひいたとか、この本読んだとか映画見たとかのメモ。見返したことがない。

 

1997年にはじめてインターネットにふれて、学校の課題で作ったホームページに日記を書きはじめた。ブログはまだなかったのでテキストファイルにHTMLを上書き保存してはアップロードしていた。文字化けしたりした。

学校を卒業した後、バックパックを背負ってけっこう長い期間旅行をすることになって、バックパッカーとか呼ばれたりするような生活を送った。旅行を始めた頃はまだインターネット環境がそんなになかったので、ノートにペンで日記を書いていた。そのうち旅行先の各地でもネットカフェとか宿とかにネットを安く利用できるところが増えてきたので、またホームページに書いたりミクシーに書いたりした。そして10年前、日本に帰ってきて日記を書かなくなった。

 

なんとなく去年あたりから、そういえば自分が何を考えているのか全然わかっていないような気がして、それはもしかしたら文章を書かなくなったから、自分の考えを書いて目で見ていないからではないかと思ったりしたので、また文章を書いてみようかと思っていたけど、始めずにいた。だけどさっき、なにかの拍子に、とんとん拍子にここまで来たという感じ。

 

さっき気がついたけど、最初に日記を書き始めて10年くらいは日記のようなものを書き続けていたようで、その後の10年は何も書かずに過ぎたようだ。

 

気負わずに文章を書く場所になればよいと思う。