読んだ。 #存在消滅 死の恐怖をめぐる哲学エッセイ #高村友也

読んだ。 #存在消滅 死の恐怖をめぐる哲学エッセイ #高村友也
 
小屋暮らし、Bライフの寝太郎さんこと高村さんにとっての、一番の興味事というのか、とにかく一番の問題である「自分が死ぬということに対する恐怖」について書かれた本。
 
なかなかここまで「自分が死ぬということ」を直視し続け、恐れ続けている人もおられないのではないかと思う。高村さんの言葉からは、誠実さが感じられる。
 
私にはその恐怖を感じられる能力がないようで、その恐怖とはいかほどのものだろうかと、しかし万が一わかってしまって、それが大ごとだと生活が大変になりそうなので、恐る恐る読んだが、やはりその恐怖をわかるには至らなかった。永遠に辛い時間を体験し続けるよりは、それを感じる私自体が消滅するほうが良いのではないかと思う。
 
しかし、高村さんの言葉は丁寧でわかりやすく、私個人のまた別の問題についての理解にもつながる部分もあり、為になったと思う。
 
 
はじめに
 
第一章 危機(まず、私がこれまで送ってきた、一般の人から見れば少々奇異な生活のこと、そこで私が肉薄した「自分の死」について書いた。私の提示する問題は、私にとって単なる思弁的な問題ではなく、常に私自身の肉体や精神と、そして生活そのものと密接に絡み合っている。)
小屋暮らしと意識の孤独
17 まるで生活の全体が自分の脳内にあるような長い時間を過ごした。生活の中から他人の痕跡が消えてゆくにつれて、つまり生活が孤独になるにつれて、私の意識も孤独になっていった。意識が「自分」という枠から出ることが無くなり、それに慣れていった。
 
日常を呑み込む死の観念
18 ところがその日、その刹那、私は自分の頭の中から出られなくなってしまった。思考の流れが、日常生活の流れを、呑み込んでしまった。
 そして、閉ざされた思考空間のなかで、「自分の死」という観念が膨張していった。
 
19 私は自分の生活と意識を孤独にしてきたことを心底後悔した。生活形態として孤独であることが良いことなのか悪いことなのか、答えはわからない。それは結局、自分の人生に何を求めるか、何を求めないかに依るからである。
 しかし、生活の孤独は意識の孤独をもたらす。そして、意識そのものが孤独に陥った時、苦痛や恐怖、後悔や自己否定といった負の感情に対して、逃げ場がなくなる。自分の内部に籠り、反響し、増幅する想念や感情に対して、防衛手段がなくなる
 とりわけ、孤独と死の観念は相性が悪い。
 人間は、否定を考えるのが得意である。目の前にあるものだけではなく、「ではないもの」を考える。生は常に目の前にある。だから、「生ではないもの」すなわち「死」も常に思考対象として付き纏わってくる。そしてあっという間に逃げ場がなくなるのだ
 
死に怯える日々
23 日常を見失ったとき助けになるのは、たくさんの人が同じ日常を共有していて、自分もその共有された日常の波に無意識に乗っているということである。そうして他人や社会に意識の重みを預けながら、なんとか正気を保って生きてゆくのだ。
 自作小屋の暮らしは、自分一人の意識が、自分一人の日常が、自分一人の正常さが、すべてである。それが崩れたときにすがるものがない。
 
25 たとえば、「今」という時間に幅がないことが気になり、それを考えないようにしようとすればするほど、どうしても脅迫的にそのことを考えてしまう。
 過去と未来に挟まれた現在には、一秒とか、コンマ一秒などと言った幅がない。それは境界線であって、瞬間ですらない。つまり、現在なんてないのだ。既に無い過去と、未だ無い未来と、そして存在もしない「今」と、それが時間の全てであるのだから、何もないじゃないか、という気がしてくる。
 無いはずの時間を、あるように感じさせてくれているのは、「生」である。ある時は数秒間を「今」だと感じ、またある時はその日一日を「今」だと感じる。生命が、日常的な「今」の絶妙なスケールを維持してくれている
 
正気を保って生きてゆく
帰郷
32 そうして、不安で一分一秒を耐えることがいよいよ難しくなり、東京にいた兄に「過去と繋がりたい」と助けを求めるメールを送り、およそ十年ぶりに会いに行った。
 
 
 
第二章 永遠の無(「死」と言ったときに私が具体的に何を意味しているかを述べたうえで、私がどうして死について考えずにいられないのか、その原因を探った。それを乗り越えようとする中で、自身の思いが「こうすれば生きてゆけるのでは」「いや、それは死について忘れているだけなのでは」という際限のない往復運動を繰り返す。)
私にとって死とは
なぜこんなにも死について考えるようになったのか
思考の堂々巡り
46 私の思考はずっとこんなふうに、堂々巡りである。「こうすれば生きてゆけるのでは」「でもそれは解決ではなく、忘れているだけなのでは」の繰り返しである。
 
「死が怖くない」という人たち
50 世の中には、永遠の無を想像してもなお恐怖の念を抱かない人がいて、むしろそちらの方が多数派ですらあるようだ。
 
51 死と哲学に関して非常に多作である中島義道を筆頭に、死について考えてしまうので刑務所で一人になるのを嫌がった実業家堀江貴文、やはり死ぬことが怖くて発狂しそうになったという落語家神田松之丞、『超越と実存』で「死ぬとはどういうことか」という根本問題を提示した禅僧南直哉、死を覚悟する闘病の果てに人生を賭して無の思想と自然農法を広めた『わら一本の革命』の福岡正信、文明構築の最深部に通底している死に対する恐怖を描いた『無痛文明論』の森岡正博など、私は書物のなかでたくさんの「私と同じ問題」を抱えた人と出会ってきた。
 そして、ジャンケレヴィッチである。
 
短くて良い生よりも、長くて悪い生を望む
 
 
 
第三章 世界の神秘(私が世界をどのように理解し、何を不思議と感じているのかを書いた。私の目に奇跡として映る「意識」の存在と、その意識が失われるという意味での「死」の恐怖は表裏一体である。)
最も不思議なのは「存在すること」
宇宙と意識
生命と意識の神秘
 
 
第四章 問いの在り処(私がしについて抱く感情である「恐怖」「不安」「虚無」について明確にするとともに、死についての問いの在り処を示した。私の問いは、「死とはどういうものか」という真理に向かうというよりは、「死の不条理を前提としてどうやって生きてゆけばいいのか」という「生き方」のほうへと重点が移ってきた。)
人生の内部の問題
74 私の人生の良し悪しや幸不幸に関わることである。
 幸福とは何であって、どうしたら幸福な人生を送ることが出来るのか。どうしたら快を増やし、不快を遠ざけることができるか。人生の中で生じる悩みや苦しみは何が原因で、どう対処したらいいのか。良い人間関係を築くためにはどうしたらいいのか。自分のために生きるべきか、他人のために生きるべきか。
 
人生の外部の問題
75 私の人生の内容が如何なるものであっても、良いものであっても悪いものであっても、それがやがて終わってしまうという問題、すなわち死の問題である。人生の外部に視点を置き、人生の全体を眺望するところからこの「人生の外部の問題」が生じる。
 
死を前提とした生き方
 
 
 
第五章 他人と孤独(死を忘れられる瞬間には必ず他人が関わっているという思いから、人間というものが本質的に孤独であるか否かという問いに対して、一つの答えを示した。また逆に、他人がいるからこそ死の観念が生じるのだ、という点についても述べた。)
死の恐怖を忘れた瞬間
人間はそう簡単には孤独になれない
死の概念の源泉としての他人
自分の死が確認される時
 
 
 
第六章 対症療法としての逃避と忘却(私が自分以外のこと、すなわち自分の死以外のことを考えたくて、仕事をしてみたり、畑をやってみたり、あれこれ試行錯誤しては失敗しつづけた話である。)
畑を借りる
102 そうした自分の外部にある時間の流れにコミットすることによって、私は自分の頭の中から脱し、少しだけその時間の流れを分けてもらい、そうして生を実感しながら、生きてゆくのだ。
 私にはそうした「外部の時間軸」というものが何もなかった。何でもいいのだが、仕事や家族、宗教や社会活動など、自分の外部に時間の流れを担保してくれるような存在がなかった。
 若いころはそれでもよかった。私は周囲の人間の与えてくれた大きな時間のなかで生きていたし、自分自身の自由の泉からも、いくらでも時間が湧き出てきた。
 しかし、年齢が進むと自分の内部の時間の流れが滞ってくる。そうしてときに、自分以外の誰かや何かに時間の流れを分けてもらわなければ、生きてゆけないのだ。
 
 畑を借りる前には、ある有機農園の手伝いをさせていただいていた。たまにふらっと行って、何時間か手伝いをして、野菜を分けてもらって帰ってきた。
 農園主産はとても気さくな方で、よく私を昼食に誘ってくれたが、私はずっと断っていて、数時間の手伝いという関係に留まっていた。理由は簡単で、私は自分の中の虚無が露呈するのが怖かったのだ。数時間黙々と草むしりや収穫作業をするだけならその心配はない。しかし、関係が深くなって長期的で濃密なコミュニケーションを求められたら最後、私の虚無が露になって、私は「変な人」になってしまうだろう。
 そんな風に距離を置いていたらある日、農園主さんに電話口で「一緒に生きている気がしない」と言われてしまった。これはショックであったと同時に、まさに私の抱えている問題の核心をついているように思えた。もしも、「一緒に生きている」という感覚が私に少しでもあれば、死の恐怖も随分と和らぐだろう。
 
「普通」に対する羨望
106 そこには日常がある。「これが普通だ」と保証されているものがある。
 なぜそんなに「普通」が羨ましいかといえば、そこにたくさんの人間が作り出す大きな時間の流れというものがあるからである。そこには仕事を軸とした外的な時間が流れていて、仕事をしていればその流れに身を任せることができる。
 私にとって時間の流れとは、私一人の内部に流れる時間でしかない。
 私にも日常はあるが、その定義は自分で決めなければならないものだし、その日常を維持できるか否かはひとえに自分一人の手にかかっている。私の日常は不安定で、私自身が崩れれば日常も簡単に崩れてしまう。
 
108 たくさんの人との決まり事を自然に共有すること、それは乾杯の仕方であったり、曜日という制度の存在であったり、その時代の一般的な衣服であったりするのだが、それが自分にはとても難しい。
 結局、たくさんの人間が共有している大きな時間の流れに自分を託す覚悟がないのだ。こんなに羨ましいと思っているのに、やはり羞恥心と、その背後にある自我の大きさの方が勝つのだ。
 
何も考えないことの気持ち良さ
 
 
 
第七章 執着と諦観、信頼と不信(世間一般にいう「良い生き方」が、いかに信頼できないものか、抱えている問いが異なった場合、答えも変わってくるものだということを書いた。)
人生が終わることは諦められない
113 私は瞬間瞬間を、正気が失われるのではないかという不安と共に過ごしている。そこから逃れることが至上命題になってしまっている。その限界状態が、もう何年も続いている。
 何もしていないのに、疲れている。
 どうしてこんなことになったのだろう。そう思う一方で、まあ、こういう人生もあるか、とも思う。
 
人生の損得勘定の破綻
人生の短さ
心に余裕などない
最も私的な問題
 
 
 
第八章 文明(文明との距離感について書いた。贅沢はいらないが、命は欲しい。死の恐怖がある限り、私は究極的には文明を捨てられないだろう。)
アパート暮らし
贅沢は要らないが、命は欲しい
134 「諸君の召し上がるものは、生理学から言うと各種の食料品であろうが、経済学の見地からみると、それは主に石油である。」とは『スモールイズビューティフル』を著した経済学者シューマッハの言であるが、食料も日用品も安く大量に手に入るようになったのは、石油が安いからである。石油の値段がどんなふうに付けられているのか私は知らないが、地球が何億年もかけてため込んできたわずかな量の資源であることを考えれば、現代人はほとんど無料とも言える値段で石油を使っている。
 
今が宴の時代なら、宴を生きたい
 
 
 
第九章 自己矛盾(死ぬことを知りながら生きている人間の二面性、およびその矛盾について書いた。二面性がある中でも、やはり人間は「生きてゆく」という面の人格が先行しなければ正気を保てないのだろう。)
いつか死ぬことを知りながら生きている私
141 自分の人生の内部に居ながら、自分で自分を見渡す、つまりその外に立つという矛盾から、死の不安が生まれるのです。この不安は、内側から生きるとき永遠として思われる生と、外から見るとき有限であらざるをえない生との衝突から生まれます。(ジャンケレヴィッチ『死とは何か』21頁)
 
 真理は、生の側にあるのでも、死の側にあるのでもない。そのどちらか一方ではない。その矛盾に満ちた二面性こそが、唯一の真理である。
 私が仮に、生きているだけの存在か、あるいは思考するだけの存在であったとしたら、矛盾した存在ではない。生きて、かつ、思考する存在だから、矛盾が生まれるのだ。
 人は、思考によってたどり着いた結論を真理であると思いがちである。そうして自分の生そのものを思考したその極限で死に思い至った時、そこで感じる強い真理性に衝撃を受け、現実が遠ざかり、魂をもっていかれてしまうのだ。私がそうであったように。
 そんなときは、人間の真理が、死すべき存在であることのみにあるのではなく、同時に生きている存在であること、つまり二面性にこそあるのだという事を思い出さなければならない。人間の生は、「現在」という時間の内部から見た、あるいは「私」という意識の内部から見た、視点依存的な世界であり、物事を思考し、外部から眺め、俯瞰したときに現れてくる真理とは別種の真理なのだ。死が真理であるのと同じくらい、今生きているということも真理なのだ。死が神秘であるのと同じくらい、生も神秘なのだ。
 生は、何もないはずなのに何かがあること。死は、在って当たり前のなかで何かがなくなること。両方ともが、神秘であり、真理である。
 我々は普段、生の内側にいるから、なんとなく「死」の方が得体が知れなくて、不可思議で、怖く思えるのだが、もし仮に生と死を平等に見ることができる立場があったとすれば、やはり平等に得体の知れないものに見えるだろう。
 
143 どんなに日常性に埋没しているときでも、どこかに死の不安の影がある。逆に、いくら死の恐怖に怯えているときでも、今日食べるものを考えたり、出先でトイレが見つからずに困ったり、友人の言い草に腹を立てたり、これからどうやって生きてゆこうかと考えたりする。
 人間が思考する存在である限り、虚無に思い至るのは仕方がない。死の人格に傾くこともあれば、生の人格に傾くこともある。どちらも特別なことではなく、人間存在の仕組みを考えれば当たり前のことである。
 死の観念に吸い込まれそうになったときでも、必ず私の中に生の欠片、日常性の欠片はある。その欠片を探して、それを育み、それに身を委ねていれば、私がどこか私の知らない場所へ飛んで行ってしまうことはないのだろう。
 これだけが、不安に駆られてただただ彷徨っていたこの空虚な数年間でおぼろげながら知ることのできた、唯一のことである。
 
生きることに清いも汚いもない
根源的不安
 
 
 
第一〇章 旅の動機(旅の随筆である。不安になると、私は物事に対する感度を下げ、感情鈍麻に陥る。すると今度は虚無がやってくる。その虚無に抗おうとしてよく突発的に旅に出かけるのだが、本書ではミャンマー旅行から一情景を切り取った。)
虚無に抗って
ずっと旅ばかりしてきた
空虚でさえなければなんでも
156 もう私には、旅の非日常を楽しむ余裕などない。非日常が楽しいのは、戻るべき安定した日常があるからだ。自分の生活の軸から一時的に逸脱するのが心地良いのだ。
 私には、戻るべき日常も生活の軸もない。軸がないので、旅に出ても「遠くまで来たな」という感覚もない。ただ、すべての場所が私にとって等値で、散漫に散らばっているだけ。
 
虚無を通り越して
 
 
第一一章 宗教(宗教によって死の恐怖を乗り越えることの難しさである。「どんな苦悩にも対処できる」と謳う仏教も、やはり死の問題には通用しないであろう。)
無信仰であることの苦しみ
165 私の宗教観は、現代の日本に生きている一般市民として、極めて平凡なものだ。基本的には、無宗教である。少なくとも、神話や物語による世界理解、神の存在、あるいは軽天や教説を頭からしっぽまで丸々唱えて信じるといった、宗教のもっとも基本的な部分には微塵の関心もなく、それが正しいかどうかとか、整合的かどうかなどと検討することすら無駄であると感じる
 宗教的物語設定は、人々が昔こういうことを信じていた、こういう風にして世界を理解しようとしていた、という歴史的な価値しかない。宗教的物語が何か意味を持つためには、たとえば「一般に多くの人間がある物語を信じたときにその物語は現実化する」であるとか、よほどの前置きが必要だと思う。
 ただし、習慣や文化としての宗教的な行事や振る舞いは、ことさらにそれを拒否するつもりもなく、自然にそれを継承してゆくし、それによって私自身の気持ちが良い方向へ向いたり、「魂が洗われる」こともある。それを宗教性と呼んでも何と呼んでもいいが、どちらかというと、その時代に従い、多くの人間がやってきたことと同じことをすること、そしてそれによって多くの人間と共に生きていると感じることからくる、安心感であろう。
 
宗教を信じることの難しさ
168 宗教の本質が、「真偽よりも信仰を優先する」ところにあると考えたとき、私にとって宗教が救済になりうるか否かは、「真でない」と分かっている事柄や、「真だとは思えない」事柄を、信じることができるか否かに依る。
 私には「真でないと思っていることを信じる」ということがどういうことなのかよくわからない。やろうとしてみてもうまくできないのだ。「信じる」とはすなわち「真であると信じる」ことに他ならないと思う。
 
仏教は万能ではない
174 「私」という感覚はとても不思議なものである。それは、喜怒哀楽といった個別的な感情でもないし、思考や五感とも異なる。刻々と変化する思考や感情がある同一の場で起こっていると感じさせるところのもの。昨日の悲しみと今日の喜びが同じ「私」のものであると感じさせるところのもの。
 
 少なくとも原始仏教においては、つまりブッダその人の言によれば、そうした不変的な自己があるとかないとか、およびそれが死後も続くかどうかという問いについては「無記」すなわち「どちらとも分からない」としてお茶を濁している。
 
177 仏教においては、死もあくまで生の内部の苦しみの一つに計上されているに過ぎない。「死ぬことが怖いのは誰でも同じでしょう」という、私が耳に蛸ができるほど聞いてきた冷めた言葉、その言葉が意味する程度の「死の苦しみ」を扱っているに過ぎない。「人と別れたくない」「やり残したことがある」「痛みや苦しみが怖い」といったような、人生の内部の問題に還元できる限りの苦悩について、問題としているに過ぎない。だから、「仏教はどんな悩みにも対処できる」と間違ったことを謳うのだろう。
 仏教の実践は人生上の問題広く対応できるのかもしれないが、決して万能ではない。私の問いも、私の恐怖も、そもそも仏教は問題の俎上にすら上げていない。私にはそう思える。
 
 
 
第一二章 人生の意味(死の問題と「人生の意味」に関する問の接点について、また、「人生の無意味」に思い至った時に人間が良くやる二つの対処について、書いた。人は人生が無意味であると感じた時に、「自分の生を大きな物語に委ねる」「「今この瞬間に集中する」という二つの対処法をよく思いつくらしい。それらは死の問題を解決するわけではないが、現実的に生きてゆくためには良い方法であるように思う。)
人生に意味はあるのか
179 たとえば「他人のために生きること」「自分らしく生きること」「意味を探し続けることが人生の意味だ」など、その人なりに納得できる答えや、あるいは「こう考えれば自分の人生に意味があると思える」というような答えが見つかれば、問題は自然に消滅する。
 これは、本書で言うところの「人生の内部の問題」である。人生の内部の問題には、答えがある。
 
180 毎日の暮らしは、自分の人生のために意味がある。では、自分の人生には何の意味があるのか。
 これは、本書で言うところの「人生の外部の問題」である。仮に自分の人生に具体的な意味を感じているときでも、常に付きまとってくる問題である。
 
 生の内部で生に関するかぎり、物事は目的を持っています。生には内在的な目的があるのです。私の一日、私の仕事には意味があります。意味がないのは、その全体なのです。私の人生は、多分、他の人生に対しては意味を持つかもしれません。だが、死によって閉ざされた私の人生全体には意味がない。しかし、あまり考えてはいけないのです。生存一般の意味、私の人生全体の意味を求めてはならないのです。そんなものはないからです。(ジャンケレヴィッチ『死とは何か』28頁)
 
181 「意味」という言葉を少し一般化して考えれば、もっと明快である。「意味がある」ということは、何か大きな目的に至る過程の内部において、その部分部分が大きな目的のために役に立つということである。日常的には、その「目的」とは暗黙の裡に「人生」を指す。人生を人生そのものの内部に位置付けるわけにはいかないから、人生には意味はない。
 
 私が自分の生をより大きな全体の中に置くことができないなら、私の生は頭も尻尾もない者になり、意味を持たないのです・・・。(ジャンケレヴィッチ『死とは何か』30頁)
 
「人生の意味」と「死の問題」の接点
183 しかし、その自己反省的な視点の延長線上の無限遠点に死の視点がある。自分の人生の全体を一望の下に眺め、ときには生命の歴史、宇宙の歴史、時間の全体までをも傍観するような視点が、死の視点である。その死の視点に引っ張られて、「一歩退いて見る能力」がどこまでも拡大してゆく。
 死の視点は、実際には生身の人間が獲得できるものではないかもしれない。繰り返してきたように、それが「視点」である限り、それはどこまでいっても「私」がいて「今」がある「生きた視点」である。あくまで、生の内部にいる私がその生の限界を「死」と呼んでいるだけであって、死そのものの位置から生を見下ろすことはできない。そうした意味で、死は哲学的には「超越」の領域に属するものであり、この世界に内在している私たちが認識できるものではない。
 しかし、「一歩退いて見る能力」が無限に拡大してゆくその極限を、「死の視点」と呼ぶことに齟齬はない。
 
大きな物語」の中で生きる
190 もうひとつ、人生の無意味さに抗うために、「今この瞬間」に集中する方法が挙げられる。
 「意味を理解すること」と「意味を実感すること」は全く別の話である。「人生の意味とは」と考えれば考えるほど、いくらそれが頭で納得できたものであっても、「意味の実感」は失われていくものだ。思考というものは、物事を外側から見て把握しようとするものであるから、つまり「一歩退いて見る能力」こそが思考の特質であるから、思考という方法を使えば使うほど、意味を理解すればするほど、内発的な、本来内側から湧き出てくるはずの「意味の実感」はすり抜けてしまう。
 物事の意味を理解することが、逆に、その物事を無意味化してしまうのだ。そうして頭で考えて理解して出た答えがすべてだという人は、自己を見つめる俯瞰性の極致で「人生は不可解なり」として自死などと言う概念が頭をよぎったりするわけである。
 死の不安や恐怖の克服という目的に対しても「人生の意味とは」と頭を捻って考えることは無力である。不安や虚無、恐怖という感情の次元を乗り越えるためには、意味の理解ではダメで、意味の実感が必要なのだ。
 「頭で考える」ことの正反対を行って、「意味の実感」を回復しようとするのが、仏教や瞑想的なアプローチである。「今この瞬間」に集中し、とにかく現実的に生きているのだという一人称の事実を出発点とし、逆に、そうした生の実感を妨げる思考を排除する方法である。
 
便宜的仏教
 
 
 
第一三章 小屋暮らし、再び(近況である。死の問題に対する気持ちの整理のつけ方について書いた。)
また小屋を建てる
不安という現象を乗り越える
199 写真
 
201 そのパニック障害が、急に楽になった。楽になった一番のきっかけが、ある日電車が出発したときに発作が起こって「またか、めんどくさいなあ」と感じたときである。また同じことの繰り返しで、発作が起こっているときは苦しいが、じっと我慢していれば嵐は過ぎ去る、この発作自体が原因で死んだりすることはないんだ、発作が起こること自体を警戒しなくていいんだ、そう思ったときから、発作がほとんど起こらなくなった。
 
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